眠気と改心したhappy

幸せは歩いても来ない 来るべき文学のかたち

断片小説集

 水を見ていたら、人魚が現れた。

「こんにちは」

「あらこんにちは」

 人魚は嬉しそうに体をぴちぴちさせていた。それが波となってぼくの体にかかってきた。そしてずぶ濡れ。

「ブッ殺すぞ!」

 鳩が豆鉄砲を食らったような目をした人魚は、人魚の人形でしかなかった。いったいなにから生まれた殺意だったのだろう?

 


😔

 

 カーテンの後ろ側にサラダ油があると泣き出してしまう成人男性の70%は尿結石に悩んでいます。

 

😔

 


 パソコンの右下にポップアップが現れる。大学の課題であるスライドを作成中のトモヒロは、危うくポップアップをクリックしそうになった。卑猥なポップアップでも、マカフィーのポップアップでもない、謎のポップアップだった。まるでパソコンの液晶にそぐわない暗黒を映し出すポップアップを、トモヒロは見覚えがなかった。

 トモヒロはそのテーブルに頬をつけて、そのポップアップを覗いてみた。するとトモヒロに指差す教授が見えた。

「トモヒロくん、お願いね」

 


😔

 


 ウラジーミル・コリャトフ三世は、おそろしく頭が回る男だった。扇風機よりも頭が回った。夏場、ウラジーミル・コリャトフ三世は引っ張りだこだった。ウラジーミル・コリャトフ三世の従兄弟である、ウラジーミル・モラトフ二世はステパン・コリャトフ三世のことをこう回想している。

「ウラジーミル・コリャトフ三世は類い稀なる知性を持つ男だった。おそろしく頭が回り、街の人気者だった。ウラジーミル・コリャトフ三世は、モスクワ鉄道の移動距離以上も離れているところに住んでいるけれど、ウラジーミル・コリャトフ三世の話を聞かなかった日はなかったように思う」

 二十年後。

 ステパン・コリャトフ二世は、もうこんな小説はやく終わっちまえよ・ステパン・うんち七世を息子に迎えた。

 


😔

 


 パン工房のクーニャンは、商売が上がらないことに憂いていました。憂いていると、なんと、パン工房自体の形が変化していくのでした。なんだか、カペリートってアニメを思い出しますね、鼻を二回つまむと主人公の傘が変わるアニメなんですが。クーニャンはそのパン工房の特性を生かして、形が変わるパン工房として売りだしました。

 当然、パン工房は有名になり、テレビや雑誌に取り上げられました。ですがクーニャンの日に日に積もる性欲はパン工房では解消できなかったので、翌朝クーニャンは駅前の公園でホームレスとセックスをしました。

 こうして、パンは作られるのです。

 


😔

 


 水木しげるを殺したのはある妖怪でした。ぼくです。

 


😔

 


男A なんだか悲しくなってきたよ。

 


ここで男Aの親指と親指の爪から涙が溢れる。女Aが下手から悲劇の女を気取って現れる。

 


女A もうどうにもできないのね。かわいそうに。

男A は? 誰ですか。

女A 秋山です。

男A あ、ぼくも秋山です。

女B 私はボブです。

 


女Bは舞台から降りて祖国へと帰っていく。

 


 


😔

 


 葉先に光る朝露が、朝日に照らされ輝いて、紀貫之の目が覚める。ミセス・貫之寝癖付き、見て見ぬ振りして、朝寝坊。目覚まし時計が鳴り響き、やっぱり見ぬふり、朝寝坊。ミセス・貫之筆を持つ、夢の中で筆を持つ。紙に滲む点と線、濃淡これが境界線。書きはじめはこうである。

〈「アーン!イクー!」やっぱね、藤原のは大っきくて最高よ。〉

 


😔

 


 車体を傾けるためにはハンドル操作が必要です。右に回せば右に傾きます。左に回せば左に傾きます。ではどちらにも傾けないと、どうなるでしょうか?あなたの胸に聞いてください。

『安倍やめろ!』

 


😔

 


 運送会社は忙しい。団地妻を寝とるのに忙しいのだ。

 ところが配達員が今日立ち寄ることになった家は自宅だった。旦那以外の男がわたしの身体を淫らに弄ぶのだろう、と期待に胸や腹を膨らませ、ママ友とのサイゼリアでのランチを終えた配達員の妻は、ヤマト宅急便が運んできた無能の男を見てこう言ったそうだ。

「あら、あなたおかえりなさい」

 配達員は軽くはにかんでダンボールをぶん投げた反動でいつもより早くトラックへ戻る。

 ダンボールの中には手紙が一枚入っていた。

「卵焼きはもう少し甘い方がいいかな」

 


😔

 


 相良夫人はもう年だというのに、ココ・シャネルの香水で髪を洗っている。もうやめたらいいのに。相良家は相良夫人のココ・シャネル・シャンプーの出費がかさんで、生活が逼迫していた。

「お母様。ココ・シャネル・シャンプーは、気持ちがよろしいのでしょうか?」

「ええ。最近はディオールの香水で身体を洗っているのですよ。わかります?」

 なんと! このアマはどれだけのアホなんだろう! 相良夫人の夫は精神科医をしていて、そこそこお金持ちである。だが、全身を高級香水で纏った相良夫人は家計簿に香水代(ボディーソープ、シャンプー)は含めないどころか、元々の給料からその額を引いてしまっているので、夫は働けど働けど毎月赤字なのだ。相良夫人のなかでは夫はパチンコ、風俗狂いの設定になっている。

「あの!あのこゆきちゃんの身体を何回抱けば気がすむというんですか!?」

 日本にはこういう家庭が存在する。まあブラジルには大量にいるんですけどね。

 

😔

 

 他人の背中を見ていると、自分の背中を見る他人が必ず存在することに気づく。われわれは背中を見られ、そして背中を見て生活しているのだ。そしてわたしがいま見ている背中は、それは女性の背中で(もちろん服を隔て、そこには肉体があるのだが)、藍色の背中である。そこに歪んだしみが見えるのは、わたしの見間違いではあるまい。
 コーカサスオオカブトがそこにいる。藍色の服を着た女の背中に、コーカサスオオカブト……。わたしはコーカサスオオカブトについて何か見識があり、人一倍興味関心があるとは思えない、もっとも二十八年生きてきたが、コーカサスオオカブトについて考えた時間は三十分にも満たないだろう。そんなわたしでも、藍色の服に(それも、女!)の背中にコーカサスオオカブトが見え、わたしは大変困惑している。もう、コーカサスオオカブトのことしか考えられない……。
 わたしはいま、人生でもっともコーカサスオオカブトのことを考えているし、コーカサスオオカブトの研究者を除いて、全世界中でこんなにもコーカサスオオカブトのことを考えている二十八歳男性は、わたししかいないのではないかと思う。つまりわたしは、いまこの瞬間において、コーカサスオオカブトを考えている二十八歳男性という、アイデンティティを持っていて、そのアイデンティティでわたしは、わたしを保証している。が、わたしはコーカサスオオカブトのほかに、藍色の服の女のことも考えている! あわよくばその裸体さえも! そんな、二十八歳男性! ぞっとする話じゃないか! 二十八にもなってこんな体たらく! わたしはコーカサスオオカブトを呪いたくなってきたし、もうコーカサスオオカブトのことなど気にかからず、さらに目線を上に滑らせ、藍色の服の女のうなじを凝視している。わたしは男だ、仕方ないのかもしれない。だがコーカサスオオカブトは? このコーカサスオオカブトがもし男ならば? なぜコーカサスオオカブトは背中にとどまっている? なぜうなじを目指さないのだろう? それでは健全な男を保証してくれないと、わたしは思ってしまう。というかだ、コーカサスオオカブトは藍色の服の女の背中を見ているのではなく、そう、藍色の服の女の背中に、張り付いている……。つまり触れているということ……。そしてわたしは触れることすら叶わずに、こうして、コーカサスオオカブトの細い腕と、たくましい三本の角を見ている……。指をくわえて……。歯ぎしりをして……。藍色の服の女の背中に張り付いているコーカサスオオカブトの、わたしの二本の指ですぐさまつぶれて使いものにならなくなってしまいそうな、その貧弱な手(足?)がゆっくりと動き、女の背中を這う。藍色の服の網目一つ一つに手(足?)をかけ、登っていく……ナイス・クライミング……。三本の角、コーカサスオオカブトの三本の角は、コーカサスオオカブトの自信の表れのようだし、その雄々しさをわたしへ挑発している。「二十八歳男性が、こんな小さなゴキブリのような、黒光りする、蜜を訪ねて回る、賤しいやつの猥褻な行為を眺めるしかできないだなんてな」 というように。

 

😔

 

四時四十六分、わたしはブローティガンの西瓜糖の日々を読んでいた。午睡の夢のようにふらふらと頁をめくっていた。〈それがわたしの名前。〉の次には文章がなかった。空白もなかった。頁と頁の境目。

その境目が裂け目のように見えた。わたしは〈それがわたしの名前。〉が読めなくなるまで顔を本に近づけた。

薄い筋が紙を走っているのが見えた。

髪の毛だ。

わたしは思い出した。この本をむかし、古本屋で買ったことを。

人差し指くらいの長さの髪を手に取る。女の毛だ〈ひょっとしたら、もう真夜中で、ストーヴの火が鐘の音のようになっていたとか。〉

薪の爆ぜる音が聞こえる。

わたしは本を閉じる。そしてひとすすりのためにコーヒーカップに指をかける。

西瓜糖の日々から飛び出た栞。